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笑いの祭典シーズンなので。

久々にお笑いの話でも。

今日は、撮っておいた南海パラダイスに出演の
プラン9を観ました~。
もう、久馬さんが、意中の人物です(笑)
文章にも、発言にも声にも
とにかくやさしい心がかもし出されてて
心やさしき岸和田っ子って感じです。
(意外や意外。)

で、どういう条件で好きになるのかな~と
考えたのですが

第一段階

・パーソナリティーがかもし出されている

その人がどんなキャラで性格なのか、
どんな言葉やしぐさや現象を
面白いと感じてるのか、
分かるような人が好きですね。

だから"ある一人の芸人を演じている"ような人は
好きになれません。
たとえばスケバン京子。(だっけ?)
まぁネタも最低な事含めてですが、
その格好の下にどんなパーソナリティが存在するのか、
以前コンビで音ネタ作ってたやっくんキャラはどこいったのか。
そういうものを抹殺してしまってるところがねぇ~。

同じような意味ではまちゃも、あまり好きじゃなかったけど
木更津女的キャラクターが出てきたので少し好きになってきました。

ようやくすると一人のキャラクターを作り上げて
その中から絶対に本体が出てこないものはNo!
いろんなキャラクターを育てながら本体の
持つ味が出てくる人は好きって事でしょうか。
(でも本体自体も好き嫌いの好みはありますが。)

あと、コンビだとお互いが笑い的に労わってる
感覚が大好き。さまぁ~ずとか中川家とか!


第二段階

・ネタがしっかりしている

たまに(よく?)見かけるのが、ネタをやらせたらひどい
けど、テレビではおいしい役回りをこなせるタイプ・・・。
あまり好感をもてません。
たとえばハリセンボンとか、雨上がりとか。
雨上がりのネタは・・・ひどい!
前、コントを観たんですが
"設定をぶち壊す"発言の笑いしか取れてないんですよね。
まさにテレビ的特性。

ドンドコドンもこの部類に入ってきますが
ぐっさんのあふれ出すエネルギーには降参です。


この2段階のセンサーを越えれば
あとは嗜好の領域ですね。
強いて挙げると、あまりにドメスティックなものは
好きじゃない、下ネタはずるい、とかかな。



ここまで考えてみるとお笑いというのは
創造者と流通が切っても切り離せないといえるかな?
商品はその人自身の味であって
"笑い"はその芸人の手を離れて存在することはできない。
(もちろんグッズなどの商品は関係ない。)
たとえ人のエピソードでも
その人が、例えばおっちょこちょいな性格だったり
する特性があってこそ存在できるもの。

笑いが発生する所と笑いを作り出す人の
空間的・形而上学的(使い方合ってる?)な分離が
発生しないんですねぃ。

これはある意味高度化する消費の渦の中で
きわめて稀なものといえるかも知れない。
だって人なしには量産できないもん!



人の顔が見える


という意味では、野菜などの生産者の顔が見えるのも
Narsという一人の人間に担保されるのも
芸人というパーソナリティーで勝負するのも
同じフィールドなんですね!!


パーソナリティー至上主義、maikoです!
(まとめきれず)

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  • **コスメは娯楽。Narsは悦楽**

    コスメと建築、お笑い大好き人間。

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